海外に不動産など資産がある場合の相続は?必要な手続きや注意点について解説【税理士執筆】

近年のグローバル化に伴い、多くの日本人が海外に不動産や金融資産を保有するようになりました。しかし、海外資産の相続においては、各国の法制度や税制の違いにより、複雑な手続きが必要です。
特に、日本の相続税制度とは異なるため、適切な事前準備が求められます。本稿では、海外に不動産がある場合の事前の相続手続きや、税務上の重要なポイントについて解説します。
目次
この記事を書いた人

〈取締役・税理士・CFP〉
*日本国内の法人国際税務を始め個人相続税務等の実務実績を20年以上有します。
大手税理士法人にて国際資産税プロジェクトを立上げ後、sevensenseグループにてオブカウンセルとして国際資産税部を開設し、実績を積む。一例として、アジアでは香港、台湾、韓国、フィリピン、その他米国、カナダ、豪州、欧州ではイギリス、フランス、イタリア、ドイツ等多数の地域の不動産や金融商品に関する在外財産および外国人・日本人の資産税の実務経験を有する。
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1. 海外資産の相続に関する基本的な考え方
海外資産の相続において最も重要なのは、適用される法律や税制を理解し、事前に必要な準備をしておくことです。
1) 準拠法の確認
相続の適用法は、資産の所在国の法律か被相続人の本国法かによって異なります。各国で異なるため事前に詳細な確認が必要です。これによって遺産分割の手続きがスムーズになります。
2)相続税の適用範囲
日本では被相続人が日本に居住していた場合、全世界の資産が課税対象になります。一方で、海外の資産所在地でも相続税が発生することがあるため、二重課税のリスクを考慮する必要があります。
3) 遺言書の作成
相続をスムーズに進めるため、資産所在地国の法律に準拠した遺言書の作成が推奨されます。
4)資産の種類別リスク
不動産や金融資産、動産など、各資産の種類によって相続時の手続きが異なるため、それぞれに適した対応策を講じる必要があります。
5)金融資産の凍結リスク
相続が発生した際に海外の銀行口座が凍結されることがあり、事前に必要な手続きを把握しておくことが重要です。
6)現地の税務当局との対応
相続手続きを円滑に進めるためには、各国の税務当局とのやりとりが避けられません。特に、多額の資産を保有する場合は税務調査を受ける可能性があるため、適切な資料を整えておくことが重要です。
7)相続財産の管理・維持費用の考慮
相続した不動産には維持費用や税金がかかるため、売却も視野に入れて計画することが必要です。
2. 海外資産の種類と手続きの特性
海外における相続資産は、種類ごとに手続きが異なります。例えば次のようになります。
- 不動産・・・現地の登記制度が適用される。
- 金融資産(銀行預金・証券)・・金融機関ごとに相続手続きがことなる。
- 動産(宝飾品・美術品など)・・法的な評価と両国においても税務申告が必要。ただし欧州などは美術品が非課税の国も多い。
3. 各国の相続制度の違い
海外資産の相続では国ごとに法制度や税制が異なるため、事前に把握しておくことが重要です。
1) アメリカ
- 州ごとに法律が異なる。
- 「プロベート(遺産検認手続き)」が必要な場合が多い。
- 遺言書がない場合、州法に基づいて遺産分割される。
- 遺産税の税率は最大40%であり、高額となるケースが多い。
- 連邦遺産税の基礎控除額は非居住者$60,000(米国所在資産のみが対象)。※米国市民・居住者:$13,990,000(インフレ調整後、全世界資産が対象)(2025年時点)
- 州によっては別途の相続税や遺産税がかかる場合がある。
- 基本的に配偶者には遺産税はかからない。
- 一定額を超える資産については、贈与税と組み合わせた税務対策が必要。
2) イギリス
- 遺言書がある場合、「遺言検認(Probate)」が必要。
- 遺言書がない場合、法定相続人の順位にしたがって分割される。
- 遺産税率は40%であり、325,000ポンド(約5,000万円)までは非課税。
- 不動産の名義変更には厳格な手続きが求められる。
- 生前贈与の「7年ルール」があり、適用範囲を考慮する必要がある。
- イギリスでは信託を活用することで相続税の負担を軽減できるケースがある。
3) フランス
- 「強制相続分」の規定があり、一定の相続人に最低限の遺産が保証される。
- フランス国内に不動産がある場合、フランスの法律が適用される可能性が高い。
- フランスの銀行口座が凍結されることがあり、手続きに時間がかかる場合がある。
- 相続税率は5%〜45%で、親族関係によって異なる。
- フランスは相続税の控除額が少ないため、事前の計画が重要である。
4)中国
- 外国人の不動産所有は制限される。
5)豪州・シンガポールなど
- 先進国の中でもいくつかの国では相続税・遺産税の制度がある。
- ただしプロベートという法務的な手続きはあるため留意が必要。
4. 相続手続きのための準備
事前の準備を怠ると相続手続きが困難になるため、次のような対策を事前に実行しておくことが重要になります。
1)遺言書の作成
現地法に適した形式で作成する。日本の遺言書は民法に基づいているので海外の資産はカバーできないことに留意する。したがって現地国で作成が必要。
2)資産目録の作成
相続人がスムーズに手続きできるよう準備をし、毎年更新をしておく。
3)現地専門家の選定
現地の弁護士・税理士と連携しておく。
5. 海外資産の評価と税務対策
日本や米国などの国では相続税の計算においては、各資産の時価評価が不可欠です。
市場価値の評価をする方法は、現地の鑑定士などに依頼する、その国の公表時価で算定するなどがあります。海外での評価額は高額になる場合には、事前に生前贈与や信託などを設定して相続税の軽減策をすることが望まれます。
なお信託は名義変更等の手続きが特段必要ではないため、プロベート対策にも有効になります。
さらに、二重課税の回避のためには、その国での国内法の税額控除を確認する必要があります。なお日本では米国については、二重税額控除の制度として、米国とだけ相続税の租税条約を締結しています。
また、預金を含む金融商品は相続が発生したときに受取人指定ができますので、事前に受取人指定を登録しておくとプロベート対策になります。ジョイントアカウント(共同名義口座)やジョイント不動産も同様にプロベート対策に繋がります。
その他に、海外での生命保険の活用なども相続税対策としては有効に働きます。
6. 国際相続における紛争の回避策
将来、現地国の法務の違いや遺産整理手続き等で起こりうる紛争の回避のためには、いくつかの策を検討することが重要になります。
例えば、遺言書の多言語対応や信託の活用、また相続人間の定期的なコミュニケーションは最も重要と言えます。
7.海外不動産や海外資産の管理と売却時の注意点
海外不動産を所有している場合は、現地の専門家と連携しながら賃貸収入の最大化をめざし、不動産のポートフォリオ管理をしてください。
また、将来海外不動産を相続時に売却することを視野に入れた場合は、事前に、維持管理のコスト試算や、売却時の手続きと税金、その他に海外送金の制約なども調べておくことをおすすめします。
8. 海外不動産の相続に関する法的リスク
各国では不動産に対する法律が異なるので、事前に法務リスクを減らすために不動産の所有制限、相続人の権利の違い、税制変更による法務への影響なども調査をしておく必要があります。
9.国際相続発生後の手続きの流れ
海外居住のご親族がなくなると、国際相続が発生します。
海外に資産がある場合の相続手続きは、国ごとに異なる部分もありますが、基本的な手続きを次に整理します。
1)国際相続の準備- 相続の開始と通知を関係者に行う
- 必要書類を取得する(死亡診断書、遺言書など)
- 財産の分配と管理を関係者で話し合う
- 全財産債務の確認をする
- 日本の謄本等や他国のバイタルレコード等で相続人を確定する
- 遺言書の確認と執行
- 現地での相続手続き(登記変更、口座の凍結解除など)
- 現地の財産の名義変更手続き
- 資産の分配もしくは管理を継続等する
- 両国での相続税/遺産税の申告の有無と期限の確認
- 資産の調査と評価を実施する
- 両国での税務申告と納税手続き
- 必要に応じて納税管理人を設定する
- 二重税額控除の対応※申告地は3か国以上になる場合もあります。
10. 海外資産の運用と次世代への継承
国際相続が発生すると、その複雑さの経験から将来の海外資産運用を見直す機会にもなります。
例えば、運用利回りはかかる現地コストとのバランスから適正であるかどうか、2次相続のために家族信託を活用できないか、売却して子の教育資金贈与にあてたり、一足先に資産を別の資産にシフトしておく等、じっくりと検討することで今後の親族の心的・経済的な負担を減らすことにもつながります。
11. 海外相続の成功事例と失敗事例のポイント
1)成功事例
実際の国際相続事例をもとに、成功するためのポイントを紹介します。
◎ケース1:多国籍にわたる資産の相続成功事例
日本、アメリカ、フランスに不動産を所有していたが、各国で事前に遺言書を作成することで、スムーズな相続を実現。各国の専門家(弁護士・税理士)と事前に相談し、国際的な税務計画を立てていた。
◎ケース2:デジタル資産を含む相続対策
仮想通貨の相続に備え、コールドウォレットの情報を信託契約に明記。
遺言書にデジタル資産管理者を指定し、相続人が適切にアクセスできるよう手配していた。
◎ケース3:海外不動産の売却による相続対策
相続税負担を減らすため、事前に不動産を売却し、現金資産に転換した。
これは不動産市場のタイミングを考慮し、適切な売却計画を実施していたため。
このように事前に専門家と対策を立てておくと、スムーズな資産の相続に繋がります。特に、複数国に資産を持つ場合は、国ごとの相続税対策を事前に行うことで、税負担を最小限に抑えることにも繋がります。
2)失敗事例
実際の国際相続事例のうち、失敗した事例もご紹介します。
×ケース1:遺言書の不備
遺言書の不備により、相続人間でトラブルが発生した。さらに海外資産の情報が相続人に共有されておらず、相続手続きが大幅に遅れ終了まで5年かかってしまった。
×ケース2:資産凍結の事例
手続きを怠った結果、銀行口座や不動産が凍結された。この場合、中国などの厳しい資本規制がある国では、早期の手続きが求められる。
×ケース3:税務調査を受けた事例
相続財産が高額であったため、日本と海外の両方で税務調査を受けた。しかも適切な資料を準備していなかったので、多額の追徴課税が発生してしまった。
×ケース4:地方に遺産税に似たものがあった
日本は相続税という国税だけなのだが、米国では州ごとに遺産税の制度が存在していた。また豪州やカナダでは不動産の名義変更の際に、多額の移転税がかかることを知らず納税が発生した。
いずれも事前対策をしておくことで防げた事例と言えます。
12. 最新の国際相続動向と今後の課題
国際的な相続の取り扱いは、各国の税制や法律の変更により常に進化しています。今後の国際相続における主な動向と課題を以下にまとめます。
1)OECDによる国際税制の統一化
各国の税制の違いを利用した租税回避を防ぐため、OECD(経済協力開発機構)は国際税制の統一を推進しており、CRS(共通報告基準)により、各国の税務当局間の情報共有が一層強化されていく動向です。
2)デジタル資産(仮想通貨・NFT)の相続対応
デジタル資産の普及により、相続財産の形態が多様化しています。仮想通貨のアクセス情報や管理方法を明確にし、相続人が適切に引き継げるように各取業者においても整備がされていく動向です。
3)国際移住と相続税回避対策の増加
近年、税負担を軽減するためだけでなく、仕事の関係や、老後のゆったりした暮らしぶりを選択するなどの理由で高額資産を持つ個人が相続税の低い国に移住するケースが増加傾向にあります。「移住による節税」には、移住先の税務リスクも伴うため、総合的に慎重な判断が必要と言えます。
4)環境・社会的要因による影響
近年においてはESG(環境・社会・ガバナンス)投資の拡大により、相続資産の運用戦略にも変化がでています。相続した不動産のカーボンニュートラル化の義務付けなど、環境規制が強化することにより相続人の資産維持費用が増加するリスクも潜在的にあります。
13. 国際相続のさらなる対策と今後の展望
国際相続の課題をより深く理解し、今後の対策を講じるためのポイントを示しました。
1)相続発生前の資産整理
国ごとに資産を細分化し、管理しやすい形に整理しておきます。相続人が把握しやすい形で財産目録を作成し、遺言執行者に伝達することをおすすめします。
2)多国籍企業・投資家向けの相続戦略
グローバルに展開する企業経営者や投資家に向けた資産継承プランを策定することは重要です。その国の税制優遇措置などを利用し、企業オーナーの相続負担を軽減できるように検討することをおすすめします。
3)新興国での相続税制の変化への対応
中国・インド・東南アジア諸国での相続税導入の可能性を見据えた対策も検討する時期になっています。不動産や金融資産の保有形態を最適化し、新興国の税制変化を事前にキャッチし備えていくことをおすすめします。
4)相続人への教育と資産継承トレーニング
将来の相続人に対しても金融知識を提供し、資産運用能力を高めて頂くことは重要です。実際の相続事例を学び、継承計画をより実践的になるように検討してください。
14.まとめと今後の行動計画
海外資産の相続は単なる財産の移転だけでなく、適切な管理・運用と次世代への継承が求められます。そのためには国際的な法制度の違いを理解し、相続対策を適切に実行することが、円滑な資産継承の鍵となります。
海外資産の相続は多くの法律・税務上のリスクを伴いますが、適切な事前準備と計画により円滑に進めることが可能です。
最新の国際税制やデジタル資産の発展を踏まえ、今後も継続的な情報収集と対策が必要です。また、国際的な資産を適切に管理し、相続人へスムーズに継承するための教育・トレーニングも重要です。
将来的に相続に関する法改正や税制の変更が行われる可能性があるため、専門家と連携しながら最新の情報を把握し、最適な相続計画を策定することが望まれます。
記:Kiyomi.kindaichi/金田一喜代美
▼実際に「いい相続」を利用して、行政書士に相続手続きを依頼した方のインタビューはこちら
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〈取締役・税理士・CFP〉
*日本国内の法人国際税務を始め個人相続税務等の実務実績を20年以上有します。
大手税理士法人にて国際資産税プロジェクトを立上げ後、sevensenseグループにてオブカウンセルとして国際資産税部を開設し、実績を積む。一例として、アジアでは香港、台湾、韓国、フィリピン、その他米国、カナダ、豪州、欧州ではイギリス、フランス、イタリア、ドイツ等多数の地域の不動産や金融商品に関する在外財産および外国人・日本人の資産税の実務経験を有する。
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