「相続放棄が受理されないケース」を把握して抜かりなく準備する方法
本記事は、いい相続の姉妹サイト「遺産相続弁護士ガイド」で2020年5月28日に公開された記事を再編集したものです。
亡くなった人の残した財産が、プラスの財産よりも借金などのマイナスの財産の方が多い場合、相続すると損してしまうので、相続放棄をすることが考えられます。
相続放棄を希望する場合は、家庭裁判所に申立てを行い、家庭裁判所が受理するかどうかを決定します。
場合によって受理されないこともあり、そうすると、亡くなった人の借金を相続人が弁済しなければならなくなってしまいます。
このようなことにならないように、相続放棄の申述が受理されないケースについて把握して、抜かりなく準備することをお勧めします。
この記事では、受理されないケースについて、説明します。
なお、相続放棄の手続きについては「相続放棄手続きを自分で簡単に済ませて費用を節約するための全知識」をご参照ください。
この記事を書いた人
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相続放棄の申述が受理されないケース
相続放棄の申述は、次のような場合には受理されません。
- 既に相続を承認している場合(承認しているとみなされる場合を含む)
- 申述者の真意によらない申立てが行われた場合
- 書類に不備があり、補完されない場合
以下、それぞれのケースについて説明します。
既に相続を承認している場合
相続を承認すると、これを撤回して放棄することは原則として出来ません。
相続の承認には、単純承認と限定承認があります。
単純承認とは、相続人が、被相続人(亡くなった人)の権利や義務を無限に承継する選択をすることをいいます。
簡単にいうと、プラスの財産だけでなく、借金等のマイナスの財産もひっくるめて相続する選択をするということです。
限定承認とは、相続人が相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈(遺言による遺産の全部又は一部の処分)を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることをいいます(詳しくは「限定承認のメリット・デメリットと利用すべき場合や手続きの流れ」参照)。
限定承認は、放棄と同様に、家庭裁判所において申述を行い、これが受理されることによって認められます。
単純承認は、家庭裁判所における申述は不要で、意思表示によってその効果が生じますし、意思表示すらしなくても次に掲げる場合には、単純承認をしたものとみなされます。
- 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき(ただし、保存行為及び民法602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない)
- 相続人が民法915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき
- 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、ひそかにこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき(ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない)
以下、3つ目については、限定承認又は相続放棄をした後のことであり、この記事のテーマである「相続放棄が受理されないケース」には当たらないため、ここでは、前2者の場合について、それぞれ説明します(3つ目について知りたい場合は「相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私かにこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき」参照)。
相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき
相続人が相続財産の全部又は一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなされますが、前述のとおり、保存行為及び民法602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りではありません(単純承認をしたものとはみなされません)。
処分には、譲渡、贈与、抵当権設定などの法律上の処分のほか、損壊や廃棄といった事実上の処分が含まれます。
そして、保存行為とは、財産の現状を維持する行為のことをいいます。
なお、民法602条に定める期間(単純承認をしたものとはみなされない賃貸借期間の上限)は、賃貸借の目的物の種類ごとに異なり、具体的には下表の通りです。
賃貸借の目的物 | 単純承認をしたものとはみなされない賃貸借期間の上限 |
---|---|
樹木の栽植又は伐採を目的とする山林 | 10年 |
上記以外の土地 | 5年 |
建物 | 3年 |
動産 | 6か月 |
以下、相続放棄の申述が受理されなくなる可能性がある行為、不受理の原因となる可能性が低い行為、それから、事情によって判断が分かれる行為について、それぞれ説明します。
相続放棄の申述が受理されなくなる可能性がある行為
次のような行為を行った場合は、相続放棄の申述が受理されなくなる可能性があります。
- 故意の損壊、廃棄
- 改修(保存行為に当たらない場合)
- 売却、譲渡
- 名義変更
- 預貯金口座を解約して相続人の財産と分別しない行為
- 債務者から弁済を受けた金銭等を相続財産として保管することなく収受領得する行為
- 賃貸中の財産の賃料の振込先を自己名義の口座に変更する行為
- 抵当権の設定
- 株式の議決権の行使
- 遺産分割協議 ※相当の理由に基づき相続債務がないと誤信していたために相続放棄をせずに遺産分割協議に参加したような場合は、単純承認をしたものとはみなされない可能性があります。
- 形見分けを超える範囲と量の遺品の持ち帰り
- 期日未到来の債務の弁済
不受理の原因となる可能性が低い行為
次のような行為については、不受理の原因となる可能性は低いでしょう。
- 相続開始を知らずにした財産の処分
- 生命保険金や死亡退職金の受け取り
- 被相続人の医療費の支払い
- 被相続人の葬儀費用の支払い、墓石や仏壇等の購入
- クレジットカードや携帯電話の解約
- 預貯金口座を解約して相続財産として管理する行為
- 形見分けを超えない範囲と量の遺品の持ち帰り
- 少額の所持金の受領
事情によって判断が分かれる行為
次のような行為については、単純承認をしたものとみなされるかどうか、個々の事情による部分が大きく、一概に言えません。
- 期日が到来した債務の弁済
- 期日が到来した債務の弁済のための相続財産の処分
これらの行為は、基本的には、保存行為とされる可能性が高く、そうすると、単純承認をしたものとはみなされませんが、相続財産の多くを一部の相続債務の弁済のために処分した結果、他の相続債権者への弁済が著しく困難になったような場合は、単純承認をしたものとみなされる可能性が高いでしょう。
相続人が期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき
相続放棄や限定承認の手続きは、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に、家庭裁判所に相続放棄申述書と戸籍謄本等の必要書類を提出して行わなければなりません(なお、相続の開始があったこと知った日の翌日を1日目とカウントします)。
相続は死亡によって開始するので、基本的には、被相続人が死亡したことを知った時から3か月以内ということになります。
ちなみに、被相続人が死亡したことは知っていたが、法定相続人のルールを知らなかったがために自分が相続人になることは知らなかったという言い訳は基本的には通用しません。
なお、先順位の相続人全員が亡くなっていたり相続放棄をしたために自分が相続人になったという場合は、先順位の相続人全員が亡くなっていたり相続放棄をしたことを知った時から3か月以内ということになります(相続順位について詳しくは「相続順位のルールを図や表を用いて弁護士が詳しく分かりやすく解説!」を参照)。
この3か月の期限は、家庭裁判所に申立てることで、伸長(延長)することができます。
遺産の調査が3か月以内に調査が完了しない場合もあるため、期限を伸長する制度があるのです。
家庭裁判所で申立てが認められると、原則としてさらに3か月期限が伸長されます。
伸長の手続きは繰り返し利用することができます。
なお、期限が過ぎてしまっても相続放棄が全く認められないわけではなく、相続債務が存在しないと信じており、そう信じていたことに相当の理由がある場合には、例外的に相続放棄が認められる場合があります。
ただ、どのような場合に相当の理由があるとして相続放棄が認められるかについて決まった基準はなく、ケースに応じて裁判所が判断します。
これまで裁判所が、期限経過後の相続放棄を認めた事例には、以下のようなものがあります。
- プラスの財産があることは知っていたが他の相続人が相続することから自分が相続する財産は全くなく、またマイナスの財産(債務)は全く存在しないと信じていたため、期限内に相続放棄の手続きをしなかったところ、実際にはマイナスの財産が存在した場合
- 被相続人の借金について調査を尽くしたが、債権者からの誤った回答により債務は全くないと信じていたため、期限内に相続放棄の手続きをしなかったが、実際には債務が存在した場合
- 被相続人と相続人が別居しており、別居後、被相続人が亡くなるまで全く没交渉であって、相続人は、被相続人の財産や借金について全く知らされておらず、被相続人の死亡後も、その財産の存在を知るのが困難であった状況下において、財産が全くないと信じており、相続放棄の手続きをしなかったが、実際には借金が存在した場合
申述者の真意によらない申立てが行われた場合
申述者の真意によらないで、相続放棄申述受理申立が行われたと認められる場合は、その申述は受理されません。
真意によらない場合とは、例えば、本人が知らないうちに申立てが行われた場合や、詐欺、脅迫、錯誤(勘違い)によって申立てを行った場合が考えられます。
また、制限行為能力者による申述も、受理されないことがあります。
制限行為能力者とは、未成年者、成年被後見人、被保佐人及び民法第17条第1項の審判を受けた被補助人のことで、行為能力(私法上の法律行為を単独で完全におこなうことができる能力)に制限を受ける人のことをいいます。
成年被後見人とは、精神上の障害により事理を弁識する能力(自己の行為の結果を判断することのできる能力)を欠く常況にあって、後見開始の審判を受けた人のことをいいます(詳しくは「成年後見人とは?成年後見制度のデメリット、家族信託という選択肢も」参照)。
被保佐人とは、精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分であるとして、保佐開始の審判を受けた人のことをいいます(詳しくは「保佐人、被保佐人とは?被保佐人と成年被後見人や被補助人との違い」参照)。
被補助人とは、精神上の障害によって事理を認識する能力が不十分で、補助開始の審判を受けた人のことをいいます(詳しくは「補助人とは?被補助人とは?保佐人・被保佐人との違いをわかりやすく説明」参照)。
未成年者および成年被後見人は、相続放棄の申述を行うことはできず、その法定代理人が代理して申述しなければなりません。
ただし、未成年者と法定代理人(通常は親)が共同相続人であって未成年者のみが申述するとき(法定代理人が先に申述している場合を除く。)又は複数の未成年者の法定代理人が一部の未成年者を代理して申述するときには、当該未成年者について特別代理人の選任が必要です。
特別代理人とは、本来の代理人が代理権を行使することが不適切な場合や代理人が不明な場合等に、本来の代理人に代わって代理行為を行う特別な代理人のことをいいます(詳しくは「特別代理人とは?未成年の我が子と共同相続の場合の遺産分割協議書案」参照)。
また、成年被後見人と成年後見人(家庭裁判所によって選任された成年被後見人の法定代理人)が共同相続人であって成年被後見人のみが申述するとき(法定代理人が先に申述している場合を除く。)には、成年後見監督人(この場合、当該相続の共同相続人でない人でなければならない。)または特別代理人の選任が必要です。
被保佐人が相続放棄の申述を行うためには、保佐人の同意が必要で、同意がない場合は、受理されません。
被補助人について、相続放棄の申述にあたり補助人の同意が必要かどうかは、家庭裁判所が相続放棄を補助人の同意が必要な行為として審判で定めているかどうかによります。
書類に不備があり補完されない場合
申立時に提出した書類に不備がある場合、通常、家庭裁判所から不備を補完するように連絡があります。
この指示を無視して書類の不備を補完しない場合は、相続放棄の申述は受理されません。
不受理決定に不服がある場合は即時抗告ができる
不受理決定に不服がある場合、通知を受け取った翌日から2週間以内に、高等裁判所に即時抗告を申し立てることができます。
しかし、不受理決定を覆すだけの材料が用意できなければ、即時抗告は棄却されます。
もっとも、相続放棄の不受理決定については即時抗告で決定が覆る可能性は高くはありません。
受理されても訴訟で無効となる場合もある
相続放棄の申述が受理されても、被相続人の債権者等から訴訟を起こされて、訴訟の結果によっては相続放棄が無効となることがあります。
まとめ
以上、相続放棄の申述が受理されないケース等について説明しました。
この記事を書いた人
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