【事例】自分の相続分を弟にあげたらダメですか?(66歳男性 遺産3,000万円)【行政書士執筆】
「いい相続」や提携する専門家に寄せられた相続相談をもとに、その解決策を専門家が解説するケーススタディ集「相続のプロが解説!みんなの相続事例集」シリーズ。
今回は、自分の相続分を弟に渡したいという、66歳男性の方からの相談事例をご紹介します。
解説は、北摂パートナーズ行政書士事務所の行政書士・松尾 武将さんです。
目次
この記事を書いた人
〈行政書士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、宅地建物取引士〉
元信託銀行員。融資業務において銀行員失格の烙印を押されるも資産承継業務に活路を見出す。27年の勤務中、1,000件以上の遺言・相続手続きにたずさわり、3,000件以上の相談を承った。「キチンと相続」を合言葉に相続人支援、行政書士指導に日々奔走している。
▶北摂パートナーズ行政書士事務所
自分の相続分を弟に渡したい
相談内容
先日母が亡くなり、父も数年前に亡くなっておりますので、兄弟4人で遺産分割協議をしようということになりました。
正直、自分はお金に困っていないので自分の分をこっそり弟にあげるのはだめですか?相続放棄しようと思いましたが姉の取り分が増えるのは嫌です。
- プロフィール:66歳男性
- お住まい:福岡県
- 相続人:長女(姉)、二女(姉)、長男(相談者本人)、二男(弟)の4名
- 被相続人:母
財産の内訳 | 内 容 | 評価額 |
---|---|---|
預貯金 | 2,400万円 | |
有価証券 | 400万円 | |
生命保険 | 契約者・被保険者:母 受取人:長女 |
200万円 |
※プライバシー保護のため、ご住所・年齢・財産状況などは一部架空のものです。
相関図
結論 遺産分割協議の成立までに「相続分譲渡」の契約をすることが考えられる
長男と二男との間で「相続分譲渡契約」を締結し、長男が自らの相続分を二男に譲渡し、二男が譲り受ける方法が考えられます。
相続分譲渡は、有償、無償いずれでも成立し、被相続人のプラス財産に加え、マイナス財産も譲渡されることになりますが、マイナス財産について債権者への対抗力はありません。ただし、相続分譲渡は遺産分割協議成立までになされる必要があります。
アドバイス1 相続分の譲渡とは?
明朗で感性的なNと、気難しやでバツイチひとり暮らしのWが会話をしています。
N:「相続分譲渡?」聞きなれないことばですね。
W:「法定相続分」はわかりますか?
N:配偶者は2分の1でその子どもは2分の1の相続分があるとかっていうあれですか?
W:そういうイメージです。この相続分それ自体の全部または一部を譲り渡すことが出来るとされています。民法905条では、相続分の取戻し権について定められていますが、そもそも相続分を譲り渡すことが出来なければ取戻す権利を認める必要はないですよね?
N:相続分を第三者に譲渡出来ることが前提の条文ということですか?
W:そういうことです。この相続分は正確には積極財産と消極財産とを包含した遺産全体に対する割合持分のことを指します。
N:ちょっと難しい。要は相続財産を譲り渡せるということですよね。
W:そういうことです。財産、負債をひっくるめたその相続人の割合分を譲り渡すことが出来るんです。
N:え、じゃあ借金も、ですか?
W:そういうことです。ただし、債権者には必ずしもその主張が出来る訳ではありませんが。
N:譲渡可能であれば、相続人の自由な意思にもとづいて出来るだろうから、いつでも出来ると考えていいですか?
W:いえ、相続発生後、遺産分割協議前になされる必要があります。相続分を譲り受けた者は譲り受けた相続分を含めた相続分について遺産分割協議に参加することが出来ます。
逆に譲り渡した者は遺産分割協議に参加する必要はありません。
アドバイス2 相続分の譲渡に贈与税はかかる?
N:また、難しい。もっとお母さんが子どもに話すように教えて下さい。
W:お姉さん、下のお姉さん、お兄さん、ボクがいます。四つ切のリンゴがあります。お母さんが「みんなでひとつずつ食べていいよ」といいました。お兄さんがボクに「オレのリンゴ食べていいよ」といってくれました。ボクはお姉さんたちに「僕、お兄さんにリンゴをひとつもらったよ、ふたつ食べていい?」とたずねました。
そういうことです。
N:よくわかりました。でもなんか、もらった人はズルくないですか?
W:何でですか。
N:「ボク」が年少というただそれだけの理由で財産をもらってるからです。
W:あなたのリクエストで「お母さんが子どもに話すように教え」たからで、ただ年少というだけの理由で贈与することが一般的なのではありません。
N:そう、その「贈与」ですよ。お金を払わずモノを受け取ったら「贈与税」がかかるのではないですか?
W:相続人間での相続分のやりとりは相続権を有する者同士での財産の移転にすぎず、相続税の範疇で規律されるので「贈与税」は問題になりません。相続人以外の者へ無償で贈与された場合にはあなたが言う通り「贈与税」が課税されうると思います。
N:その例えをお母さんバージョンでやってください。
W:「ボク」のお友だちのアー坊が「ボク」をたずねて遊びに来ました。
するとお兄さんは、「あ、アー坊、よく来たね。ちょうどリンゴを食べようとしてたところなんだ。オレのリンゴをアー坊にあげるよ。ボクいいよね」
「うん、いいよ」
「え、でも僕、なんもお返し出来ないや」
「いいっていいって」
このやりとりをそばで聞いていたお父さんが言いました。「アー坊、いや明彦君。明彦君のために俺はリンゴを買ってきたんじゃない。ウチの子が食べるのはまだしもだ。どれ、明彦君(アー坊)の分は俺が少しいただこう」
お母さんが言います。「あんた何いってんの。税金でもとるつもりなの?」
「いや、それが人の道、共同体のあるべき道というものだろう」
「ほんの子どもじゃない。全部食べさせてあげなさいよ」
「三つ子の魂百までという。道理を教えるのが大人のつとめ。そういうことです。」
「だからあんたは・・・。いつもあんたはそうじゃない。小難しい理屈をこねて、うだうだダダをこねる」
と夫婦ゲンカが始まり、これが夫婦間のしこりとなり離婚調停に至りました、とさ。
そういうことです。
つまりアー坊は相続人じゃない第三者ですから、贈与税が課される可能性があるのです。
N:いやアー坊ってどこから来たんですか。あれ?少し涙ぐんでます?
アドバイス3 相続分譲渡と相続放棄の違い
N:この相続分譲渡は結果的に相続放棄と似ていると思うのですが、何か違いがあるのですか?
W:相続放棄を行うと放棄した者は最初から相続人でなかったものとされ、放棄された相続分は、結果的に他の相続人に対し相続割合に応じて均等に帰属することとなります。さきほどのリンゴが四つ切ではなく、三つ切りの状態で分けられるということです。負債についても債権者に対し相続放棄を主張することが出来ます。また、相続放棄は家庭裁判所へ申述することが必要ですが、相続分譲渡は当事者間の合意で成立します。
N:当事者とは、「お兄さんとボク」と考えて差し支えありませんか?
W:そうです。「譲渡人と譲受人」のことを指します。
N:じゃあ当事者間でこっそりやれるということですか?
W:最終的には遺産分割協議で財産の帰属を決めることとなるので、実務的には他の相続人の同意を得たうえで行う方が望ましいと考えます。
N:さっきの家族で例えてみてください。
W:お兄さんがボクにリンゴをあげるといったとしても、さあ食べようという時にお姉さんふたりが「ちょっと待って。そんなこと聞いてないわ。ボク、そんなに食べたらムシ歯になるからダメよ。私たちが食べたげる」というのでケンカになりました。
そういうことです。
N:相続したからといってムシ歯にはなりませんよ。
W:そういうことです。
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この記事を書いた人
〈行政書士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、宅地建物取引士〉
元信託銀行員。融資業務において銀行員失格の烙印を押されるも資産承継業務に活路を見出す。27年の勤務中、1,000件以上の遺言・相続手続きにたずさわり、3,000件以上の相談を承った。「キチンと相続」を合言葉に相続人支援、行政書士指導に日々奔走している。
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