【事例】父が亡くなったが祖父の遺産分割協議が放置されていた(52歳男性 遺産3,500万円)【行政書士執筆】
「いい相続」や提携する専門家に寄せられた相続相談をもとに、その解決策を専門家が解説するケーススタディ集「相続のプロが解説!みんなの相続事例集」シリーズ。
今回は、遺産分割協議が放置され数次相続が発生した場合について、52歳男性の方からの相談事例をご紹介します。
解説は、北摂パートナーズ行政書士事務所の行政書士、松尾 武将さんです。
目次
この記事を書いた人
〈行政書士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、宅地建物取引士〉
元信託銀行員。融資業務において銀行員失格の烙印を押されるも資産承継業務に活路を見出す。27年の勤務中、1,000件以上の遺言・相続手続きにたずさわり、3,000件以上の相談を承った。「キチンと相続」を合言葉に相続人支援、行政書士指導に日々奔走している。
▶北摂パートナーズ行政書士事務所
祖父の遺産分割を放置したまま父が亡くなった
相談内容
先日父が亡くなり遺産分割協議をしようとしたところ、父の父である私の祖父の遺産分割から放置されていることがわかりました。実家は祖父の名義のままですが、実質的には父が相続しています。母は既に亡くなっています。 父には弟と妹がおりどちらも存命ですが、あまり関わったことがありません。どのように遺産分割を進めればよいでしょうか。
- プロフィール:52歳男性
- お住まい:茨城県
- 相続人:長男(相談者本人)、長女(姉)、次男(弟)の3名
- 被相続人:父
財産の内訳 | 内 容 | 評価額 |
---|---|---|
不動産 | 自宅戸建て(土地・家屋)土地100㎡ | 1,500万円 |
預貯金 | 1,200万円 | |
有価証券 | 500万円 | |
生命保険 | 契約者・被保険者:父 受取人:長男 |
300万円 |
※プライバシー保護のため、ご住所・年齢・財産状況などは一部架空のものです。
相関図
はじめに
棟梁がカンナがけしているところへ熊五郎が息せききってやってきます。
熊五郎 棟梁!てえへんだ、てえへんだ!
棟梁 なんでえなんでえおめえは。落ち着きやがれ。
熊五郎 棟梁!てえへんなんだ!落ち着いちゃあいられないよ!
棟梁 おめえのてえへんは口グセみてえなもんだろ。なんだいまた河童でもみつかったのかい。もっともおめえがこのあいだ河童だ河童だてえ騒でたのは坊さんが川に潜ってただけだったがよお。
熊五郎 いえね、他でもねえ八のことなんでさ。
棟梁 八だとう。八がどうかしたってえのかい。
熊五郎 八のお父っつぁんがとうとうこの前死んじまいまして。
棟梁 八のお父っつぁんも骨を折っちまってからこっち長く伏せってたてえことだったな。気の毒なこった。
熊五郎 ええ。そいでこの間四十九日の法事をやったんですがね。
棟梁 なるほど。
熊五郎 この法事の時に形見分けの話しになったらしくて。八のヤローにゃあ姉さまと弟がいるんですがね。
棟梁 取っ組み合いにでもなったか。
熊五郎 そいつぁそいつで面白いんでしょうけど、そうじゃあなくて。お父っつぁんのウチをどうしようかてえ話しになったみたいで。みんな所帯持ってるんで、売っぱらっちまおうてえことになりやがって。
棟梁 取っ組み合いにでもなったのか。
熊五郎 棟梁はどうあったって取っ組み合いをさせてえらしい。そいでまずはウチがどうなってるかってんで周旋屋(*=仲介業者)に調べさせたら。
棟梁 お菓子の家だった。
熊五郎 グリム童話ですかい。お菓子の家なんざアリがたかってしかたがねえ。棟梁お菓子でウチはあ建てられんですかい。いやいや、ウチの名義がお父っつぁん名義じゃあなくって、そのお父つぁん、八のヤローの爺さん名義だったてえことで。爺さんには八のお父っつぁんを入れて三人子どもがいるってえ話しなんで。
棟梁 面倒だなあそいつあ。
熊五郎 やっぱりそうですかい。
棟梁 オレんところのカミさんのお父っつぁんが死んじまった時の話しを聞くとよお。
遺言てえもんがねえ時ぁ、相続人全員のハンコがねえとお父つぁん名義を相続人に変えられねえんだと。ずいぶん骨が折れたってえ話しだ。
熊五郎 てえこたあ。
棟梁 そうよ。八の爺さんの子ども全員のハンコが必要てえこった。
熊五郎 するってえと。
棟梁 墓場あ行って、八のお父っつぁんをたたき起こしてハンコもらわにゃなんねえ。
熊五郎 そいつぁ・・・。てえへんだ・・・。骨折りどころの話しじゃねえ・・・。
アドバイス1 数次相続とは
本事例のような状態は、不動産について「数次相続が発生している」といいます。
数次相続とは、被相続人(事例では祖父)が死亡したのち遺産分割協議(遺産をどのように分けるかについてのお話し合い)をしないうちに相続人(事例では父)が死亡してしまい、次の相続が開始されることです。
アドバイス2 代襲相続との違い
よく似たケースに代襲相続や再転相続があります。事案として多い代襲相続とは、相続人となるべき者が相続開始以前に死亡した場合にその者の直系卑属(子や孫)が相続権を承継することです。
数次相続の場合、相続権を承継するのが「直系卑属」に限られない点で代襲相続と異なります。したがって、数次相続人は代襲相続人とは違い亡くなった者の配偶者も含まれます(本事例の場合は、母親がすでに亡くなっているため該当しません)。
アドバイス3 祖父名義の不動産を名義変更するには
本事例の場合、祖父名義の不動産の名義を変更するためには、本来相談者の叔父、叔母、父親の分割協議とその成立が必要ですが、父親が分割協議成立の前に亡くなっているため、この父親の相続分について相談者と相談者の姉、弟が分割協議に参加のうえ成立することが必要です。
この場合の相談者と姉、弟の法定相続分は、父親が本来取得していた相続分3分の1を承継するので、各9分の1の相続割合となります。
アドバイス4 相続発生後数年以上経過した不動産の名義変更は要注意
民法上相続発生後の遺産分割について期限の定めはないため、特に相続税の申告などの事情がない場合には、本事例のように相続手続きが放置されている事案が散見されます。
とりわけ経済的価値に乏しい財産(例えば、田畑・山林など)の分割手続きは放置されがちで、長年の放置により代襲相続や数次相続がすすんでいった結果、縁遠い利害関係者が多数生じることとなり分割手続きに困難をきたす事例が増加しています。筆者の取り組んだ事案では、相続権を有する利害関係人が30名以上にのぼったものもあります。
不動産登記法、民法改正に伴い令和6年4月1日からは、相続発生後3年以内に相続登記することが原則義務化となりました。このためかどうか、相続発生後数年以上経過した相続登記のご相談が増加しています。
長年相続登記を放置したことにより本事案のように関係性の薄い者同士が当事者となると、そもそも連絡先がわからないことも多く、相互に話し合いを持ったり、印鑑証明書の準備を求めることの困難さが増します。
まずは、戸籍等の調査により住所を把握し、相続手続き協力のための通知文書を送ることから相続手続きに着手することが一般的といえるでしょう。
なお、事案によっては、一定の法律上の条件のもと取得時効の主張が認められるケースもあります。
本事例のように数次相続が生じている場合について、戸籍等の調査や、どのように手続きをすすめるべきかは実務経験に負うところが多いので、まずは専門家と相談するのが無難であると考えます。
なお、本事例の場合、不動産以外の父親名義の預貯金や有価証券は数次相続の影響はなく、相談者と長女、次男の話し合いにより遺産を誰が取得するかを決めることが出来ます。生命保険の死亡保険金は相続財産ではないので、お話合いの余地はなく相談者が取得することとなります。
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専門オペレーターが丁寧にお話を伺いサポートしますので、お困りの方は、お気軽にご相談ください。
この記事を書いた人
〈行政書士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、宅地建物取引士〉
元信託銀行員。融資業務において銀行員失格の烙印を押されるも資産承継業務に活路を見出す。27年の勤務中、1,000件以上の遺言・相続手続きにたずさわり、3,000件以上の相談を承った。「キチンと相続」を合言葉に相続人支援、行政書士指導に日々奔走している。
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