【事例】母の老人ホーム入居を機に実家を売却したい。必要な手続きは?(56歳男性 資産2,600万円)【行政書士執筆】
「いい相続」や提携する専門家に寄せられた相続相談をもとに、その解決策を専門家が解説するケーススタディ集「相続のプロが解説!みんなの相続事例集」シリーズ。
今回は、母の老人ホーム入居を機に実家を売却したい、56歳男性の方からの相談事例をご紹介します。
解説は、守田行政書士事務所の行政書士、税理士・守田 稔さんです。
目次
この記事を書いた人
〈行政書士、CFP、1級FP技能士、宅地建物取引士、終活ガイド〉
常にご相談者様と同じ目線でお話をお聞きし、お一人お一人の大切な「想い」を真摯に受け止めること。そして、時宜を得た相続手続き・遺言書作成等が如何に大切であるかをしっかりとお伝えして、ご理解いただけるよう心掛けております。どうぞ、お気軽にご相談ください。
▶守田行政書士事務所
母が老人ホームに入居するので、実家を売却したい
相談内容
母が認知症になり家族で面倒が見れないので、老人ホームに入居してもらうことになりました。実家は空き家になるので、介護費用捻出のために売却したいと考えています。どのような手続きが必要ですか?
- プロフィール:56歳男性
- お住まい:宮崎県
- 相続人:長男(相談者本人)、長女、次女の3名
- 被相続人:母(健在)
財産の内訳 | 内 容 | 評価額 |
---|---|---|
不動産 | 自宅戸建て(土地・家屋) 土地120㎡ |
1,700万円 |
預貯金 | 600万円 | |
生命保険 | 契約者・被保険者:母 受取人:長男 |
300万円 |
※プライバシー保護のため、ご住所・年齢・財産状況などは一部架空のものです。
相関図
アドバイス1 はじめに現在の症状を確認する
「母(被相続人)が認知症になり、老人ホームに入居される」とのことですから、既に認知症を発症していると理解してよろしいでしょうか。 なぜ確認したかというと、本人の現在の症状によってご相談の対応方法が変わってくるからです。
既に正常な判断力が失われているか、または判断力が不十分なために自分で後見人を選ぶことができない状態であれば、「法定後見制度」で対応することになりますし、判断力があるかあるいは不十分でも自分で後見人を選任する能力があれば、「任意後見制度」で対応が可能です。
したがって、既に認知症を発症している場合は「法定後見制度」しか利用できないことになります。
アドバイス2 法定後見制度とは
法定後見制度とは、本人に意思決定能力や判断力が喪失している場合などに用いる後見制度です。
具体的にどのような手続きをすればよいか
1 親族(本人、配偶者、4親等内の親族)等が「家庭裁判所に申し立て」を行い、法律上で定められた一定の「後見人を選任」します。
後見人は、本人の状態に応じて「補助人」・「保佐人」・「成年後見人」の3つに分かれ、執り行う業務が異なります。
2 成年後見人の「職務内容」としましては、次の事項があげられます。
①本人の預貯金や不動産を管理すること
②本人の保険金や年金などを受領すること
③本人に代わって種々の契約を締結すること
④本人が無断で行った法律行為について取消を求めたりすること
本人が持っている財産の管理・処分(財産管理という)や本人の生活・療養の世話(身上監護という)など、広い範囲にわたっています。
3 本制度には、次のような「メリット」・「デメリット」があります。
「利用するメリット」
①身上監護の適任者が成年後見人に選任される
②生活に必要な法律行為を代行してもらえる
③被後見人の財産を適切に管理できる
④不要な契約を結ぶことがなくなる
「利用するデメリット」
①柔軟な財産管理ができない
②相続対策ができなくなる
③成年後見人は家庭裁判所が決めるため、被後見人との相性が予め分からない
認知症になると詐欺などの被害に遭いやすく、経済的に不利な状況に陥る場合があります。成年後見人は必要な法律行為だけを代行し、不要な契約は解消も可能です。また、成年後見人は家庭裁判所によって選任されますので、被後見人は身上監護の適任者によって、保護(サポート)されます。
被後見人の財産は保全対象になるため、運用や活用・処分(売却)はできなくなり、相続税対策としての生前贈与も認められません。
4 成年後見人に誰が選任されたかについて、不服の申立てはできません。
5 本人所有の居住用不動産(空き家になる場合)については、不動産売却の代行を成年後見人に依頼できますが、売却等を行う場合には事前に家庭裁判所に「居住用不動産処分許可」の申立てが必要ですので、必ず売却できるとは限りません。
6 家庭裁判所は、成年後見人などの仕事を定期的に確認することになっており(監督という)、毎年、定められた月に本人の財産や生活の状況などについて「後見等事務報告書」、「財産目録」、「通帳写し」の提出を求められることになります。
7 その他に、成年後見人などの仕事の内容を具体的に確認する「監督人」が付けられることもあります。
「法定後見制度」を利用する際は、メリット・デメリットの双方を比較しながら、検討することが必要です。
昨今の状況として-
「障害者の権利に関する条約」(2006年国連で採択、日本では2014年批准)は、①すべての障害者について尊厳と権利を保障し、②障害を理由とするあらゆる差別を禁止するとともに、③障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する機会を提供すること(「支援付き意思決定」)などを締約国に求めています。
また、「障害者総合支援法」(2013年施行)においても、障害者等が自立した日常生活または社会生活を営むことができるよう、障害者等の意思決定の支援に配慮する旨(第42条)定められています。
現行の成年後見制度では、財産保全の観点のみが重視され、本人の意思尊重の視点で十分でなく、本人の意思・希望への配慮や支援者等との接触がないまま後見人等自身の価値観に基づき権限を行使するような運用がみられます。(「代理代行決定」)
こうした「代理代行決定」を踏まえつつ、本人が自らの価値観や選好に基づく意思決定をするための支援(意思決定支援)を提供されることにより、誰もが社会参加できる環境を目指そうとしています。
アドバイス3 自宅が売れない場合には
前述のように、被相続人(母)所有の居住用不動産(空き家になる場合)について、売却等を行う場合には事前に家庭裁判所の許可が必要ですので、必ず売却できるとは限りません。また、売却先がすぐ見つかるとも限りません。
いずれにしても自宅を売却することは、一定の時間を要することになろうかと思います。
自宅はすぐには売れない。一方、母親の介護費用の捻出は必須です。
成年後見人は銀行手続きを代行できるため、預貯金を引き出して、入院費や介護施設の入居費に充てることは可能です。本人の生活に要する費用は基本的には被後見人の財産から支払われるのが相当ですから、「預貯金の600万円をこれに充当するよう検討すること」です。あるいは、母親は年金を受給されているのではないでしょうか?受給中だとしますと、当然それも充当の対象になります。
その後の不足分等が発生した際は、被後見人の扶養義務者で負担することになります。長男の所有資産の活用等を考慮した、相続人間の話し合いによって決めることになります。
アドバイス4 認知症になる前にどうしておけばよいのか
法定後見制度を利用すると被後見人の財産は保全されますが、管理面で柔軟な財産管理ができないデメリットもあります。
高齢になるにつれ、認知症による判断力の低下リスクが高くなります。本人に意思決定能力や判断力があるうちに、本人の希望に沿った代理権限を設定できる「任意後見制度」を検討することも一つの方法です。
また、「遺言書の作成」を検討することも必要です。
遺言書は、できるだけ心身ともに健康であるときに作成しておくのがよいでしょう。
遺言書がなかったために財産をあげたいと思っていた人に財産が渡らなかったり、遺言書があったおかげで壊れかけた家族の絆をつなぎとめたケースもあります。家族の争いを未然に防ぐことができるのは、遺言書があるからです。
さらに、財産管理の柔軟性を重視したい場合は「家族信託」も検討することをおすすめします。
あなたの財産管理を信頼できる家族・親族に任せる手続きです。
家族信託であれば、判断力があるうちから、自分の希望する人に財産管理を任せることができるので、被相続人が元気なうちに資金の管理や処分を託すことが可能になります。
家族信託の当事者は、あなた(委託者)、あなたの財産を管理する人(受託者)、あなたの財産について権利を有する人(受益者)の3者です。
あなたが生きている間はあなた自身が受益者となり、死亡した後は相続人の誰かを受益者とするといったことが可能です。遺言書や成年後見制度に比べて柔軟な設計ができます。
家族信託は、あなたが元気なうちにしか契約できず、身上監護機能はないため、任意後見制度との併用を検討することになります。
信託内容も自由に設計できますし、受託者判断による運用・処分も可能です。次世代や次世代以降の相続を指定するなど、遺言書では実現できない財産承継も可能になります。
人は間違いなく老いていきます。それに伴う判断力の低下は、いかなる人も避けることはできません。
将来の心配事を未然に防ぐためにも、元気なうちに対応することが大切なことです。
アドバイス5 将来、相続が発生した場合は
将来、被後見人(母)が死亡したときには、後見人の任務が終了し、相続が発生します。
「財産状況」の相続遺産は、
自宅の不動産:1,700万円
生命保険金:300万円
合計2,000万円となります。
(預貯金の600万円は介護費用に使われることを想定して、除きます。)
生命保険金
生命保険金を受け取った場合、これは亡くなられたことがキッカケでもらえる財産ですから「みなし相続財産」として扱われ、相続税の対象となります。ただし、「亡くなられた方」と「死亡保険金の保険料を支払っていた方」、「受取人」の3つの組合せにより、相続税の対象にならない場合があります。死亡保険金には相続人1人につき500万円の非課税枠があり、死亡保険金の非課税枠は、「500万円×法定相続人の数」で計算します。
相談者様の場合は、「相続税の課税」のパターンになりますが、「生命保険の非課税枠」の利用ができます。
法定相続人は、長男(相談者)・長女・次女の3人ですので、
よって非課税枠を下回りますので、生命保険金には課税されません。
同様の非課税枠は、「死亡退職金」についても認められています。
相続税がかかるかどうかは、生命保険金が相続税の対象となるかだけで判断はされません。相続財産の課税価額が遺産に係る基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えるとき相続税がかかります。
相続税の計算には、「税金の種類」「受取人」「非課税枠」等々、判断が難しいポイントが多々ありますので、専門家にご相談されることをおすすめします。
遺産分割の対象となるのはどの範囲か?
遺産分割の対象となる財産は、「遺産分割時に現存する相続財産」です。
生命保険金は、保険金の受取人固有の財産である-とされています。
相談者様の場合、受取人を長男(相談者)に指定されていますので、遺産分割の対象とはならず、相続財産の総額から生命保険金を控除した遺産が「遺産分割の対象」となります。
したがって、遺産分割協議の対象となる遺産は「自宅の不動産1,700万円」だけですが、不動産を分割してしまうと後々不都合が生じます。一方、相続人全員による平等性だけを考えて法定相続分の割合で財産を「共有」にしてしまうと、処分(売却)などの点で揉めてしまうおそれがあります。
遺産分割について
遺産分割の方法として、「現物分割」・「換価分割」・「代償分割」の3種類があります。
今回は長男が遺産である「自宅の不動産」を相続する代わりに、他の2人の相続人(長女・次女)に対して相応の金銭を提供する方法(代償分割)が考えられます。
「自宅の不動産」は、売却など換金に時間がかかります。他の相続人に支払う代償金は、もともと長男自身の持っていた現金を使います。
ですから、(今般相続により受領する)長男の生命保険金(300万円)・長男の所有資産等をその財源として検討することです。
代償分割を行った場合の相続税の計算方法は2種類あります。
相続税の計算には、代償金の金額が「相続税評価額」と「代償分割時の時価」のどちらを基に決定するか等々、判断が難しいポイントが多々ありますので、専門家にご相談されることをおすすめします。
アドバイス6 最後に
遺産分割は、まずは相続人間の話し合いで行われます(民法907条1項)。
話し合いで分割方法が決まった場合は、その内容を明確にしておくため遺産分割協議書を作成します。遺産分割協議書は、行政書士や司法書士に作成依頼が可能ですので、ご相談ください。
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この記事を書いた人
〈行政書士、CFP、1級FP技能士、宅地建物取引士、終活ガイド〉
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