【事例】遺言書の作成を検討中だが、別居している妻に財産を渡したくない(58歳男性 資産5,100万円)【行政書士執筆】
「いい相続」や提携する専門家に寄せられた相続相談をもとに、その解決策を専門家が解説するケーススタディ集「相続のプロが解説!みんなの相続事例集」シリーズ。
今回は、遺言書を作成したいが別居中の妻に財産を渡したくない、58歳男性の方からの相談事例をご紹介します。
解説は、行政書士加藤事務所の行政書士・加藤 昌孝さんです。
目次
この記事を書いた人
〈行政書士〉
滋賀県野洲市に事務所を構えています。お客様の御負担を極力少なくするよう心掛け、遺言書の起案、相続人調査、相続関係説明図や遺産分割協議書の作成等はもちろん、相続に関連した自動車名義変更、農地転用許可申請等の業務にも幅広く対応しております。是非、お気軽にご相談ください。
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遺言書によって、妻に財産を渡さないようにできる?
相談内容
生前対策として遺言書の作成を考えています。10年くらい別居している妻がいるのですが、財産を渡したくありません。離婚には応じてくれません。自宅は長男に、預金は娘たちで分けて子ども3人が平等になるようにしたいです。この内容は実現できそうでしょうか?
- プロフィール:58歳男性
- お住まい:北海道
- 相続人:妻、長男、長女、次女の4名
- 被相続人:相談者本人(健在)
財産の内訳 | 内 容 | 評価額 |
---|---|---|
不動産 | 自宅戸建て(土地・家屋) 土地120㎡ |
1,700万円 |
預貯金 | 3,400万円 |
※プライバシー保護のため、ご住所・年齢・財産状況などは一部架空のものです。
相関図
アドバイス1 別居している妻にも相続権がある
別居している妻にも相続権があり(民法第890条)、法定相続分として決められています(民法第900条)。今回のケースでは以下のようになります。
◇各相続人の財産分配価額と遺留分(相続財産総額 5,100万円)
妻: 【法定相続割合】 1/2
【法定相続金額(分配額)】5,100万円×1/2=2,550万円
長男:【法定相続割合】1/6
【法定相続金額(分配額)】5,100万円×1/6= 850万円
長女:【法定相続割合】1/6
【法定相続金額(分配額)】5,100万円×1/6= 850万円
次女: 長女と同じ
一方で、遺言は被相続人が生前に、死後の自分の財産をどのように分配・処置するかなどを書き記すものであり、法定相続分よりも優先されます。
つまり、法定相続分の分配に縛られません。したがって、遺言により妻への財産分配をせず、長男、長女および次女の3名(以下、「子どもたち」と称する)にすべての財産を配分することは可能です。
アドバイス2 遺言書を作成するときは遺留分に注意
しかしながら、相続権のある相続人には、遺産の一定割合の分配を受けることが保証されています(民法第1042条)。これが「遺留分」です。
遺留分は相続人の構成によって異なります。今回のケースでは妻及び子どもたちの遺留分は法定相続分の2分の1であり、妻は財産配分がなく、したがって遺留分を侵害されていることになります。
◇各相続人の遺留分と財産分配価額
妻: 【遺留分】2,550万円×1/2=1,275万円
【財産分配額】0円
長男:【遺留分】 850万円×1/2= 425万円
【財産分配額】1,700万円(不動産)
長女:【遺留分】 850万円×1/2= 425万円
【財産分配額】1,700万円(現金)
次女:長女と同じ
➡妻の遺留分>財産分配額であり、遺留分侵害額は1,275万円 – 0円=1,275万円
子どもたちの遺留分<財産分配額 であり、遺留分侵害額はなし
ところで、遺留分の請求は妻が「遺留分侵害額請求」(以下「侵害請求」と称する)することによって有効となり、侵害請求しなければ権利が発生しません。また、侵害請求権には時効があり、権利を持つ相続人が「被相続人が死亡し自分が相続人であること」または「遺留分を侵害する贈与や遺贈があったこと」を知ってから1年たつと時効になります。
仮に相続の開始や遺留分侵害について知らなくても、相続開始から10年が経過すると請求できません。この10年は「除斥期間」といい、この期間を過ぎると請求は不可能です(民法第1046条)。
時効があるとはいえ、遺言書は相続人全員が確認でき、また侵害請求は必ずしも裁判所への届け出は必要なく、妻が子どもたちに意思表示するだけでも有効となることから、妻が侵害請求しないとを期待するのは難しいと考えます。
アドバイス3 「遺留分侵害額請求」を配慮した遺言書
遺留分を侵害した内容でも、遺言は有効です。侵害請求があると、子どもたちが財産分配価額に応じて妻の遺留分を金銭で支払はなくてはなりません。今回のケースでは、子どもたちが妻に支払う遺留分侵害額は以下のようになります。
◇子どもたちそれぞれから妻への支払額
➡妻への遺留分侵害支払額 1,275万円/3(子どもたち)= 425万円
長男は不動産のみの取得であることから、妻への遺留分侵害額の現金支払いは大きな負担になります。そこで、遺言は侵害請求があることを配慮し、長男へは不動産に加え、現金配分をしておくことも考慮すべきです。
遺留分侵害額に対する支払割合は、それぞれの相続財産の取得価額に応じて負担します(民法第1047条2項)。例えば、長男に遺留分侵害相当額を現金(預貯金)で配分する場合、以下のように長男に預貯金638万円を配分し、長女・次女で残りを等分して1,381万円ずつ配分することになります。
◇子どもたちの「目的の価額」総額
(財産分配総額 5,100万円)
【目的の価額総額】5,100万円(分配額) – 1,275万円(妻の遺留分)=3,825万円
◇子どもたちの「妻への遺留分支払額」
長男:【財産分配額】1,700万円(不動産)+ 638万円(預貯金)=2,338万円
【目的の価額】2,338万円(分配額)- 425万円(長男の遺留分)=1,913万円
【長男の目的の価額割合】1,913万円/3,825万円(目的の価額総額)= 約50%
【妻への遺留分支払額】1,275万円(妻の遺留分)x50% = 638万円
長女:【財産分配額】1,381万円(預貯金)
【目的の金額】1,381万円(分配額) – 425万円(長女の遺留分)=956万円
【長女の目的の価額割合】956万円/3,825万円(目的の価額総額)= 約25%
【妻への遺留分支払額】1,275万円(妻の遺留分)x25% = 319万円
次女:長女と同じ
長男への預貯金配分をせずに長女・次女に遺留分請求するよう、遺言で請求の優先順位を指定しておくこともできますが、請求を喚起することにもなり避けるべきです。
受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
アドバイス4 生前贈与により妻の取り分を減らすことは可能か?
遺言以外に財産分与の方法として、生前贈与があります。相続人への生前贈与が侵害請求の対象になるのは、「婚姻若しくは養子縁組のため」または「生計の資本として受けた贈与」については「相続開始前10年間」の贈与が対象になります。
ただし、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、期間制限なく請求の対象になり、贈与の価額分を相続時の財産に加算して(「持ち戻し」)遺留分を計算することになります(民法第1044条)。
ここで「生計の資本としての贈与」とは、生計の基礎として役立つような財産上の給付をいいます。生計の資本であるかどうかは、贈与金額や贈与の趣旨などから判断されます。
例えば、居住用の不動産贈与や不動産取得のための金銭を贈与等が該当します。 妻の取り分を減らすことを目的に不動産を長男へ生前贈与した場合、期間制限なく贈与価額分を相続時の財産に加算して計算した遺留分が侵害請求の対象となります。
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