【事例】亡くなった父の土地に相続税がかかりそうだが、預貯金がない(65歳男性 遺産8,800万円)【税理士執筆】
「いい相続」や提携する専門家に寄せられた相続相談をもとに、その解決策を専門家が解説するケーススタディ集「相続のプロが解説!みんなの相続事例集」シリーズ。
今回は、亡くなった父の土地に相続税がかかりそうなものの、預貯金がない場合の相続について、65歳男性の方からの相談事例をご紹介します。
解説は日本経営ウィル税理士法人の税理士、行政書士、宅地建物取引士・東 圭一さんです。
目次
この記事を書いた人
〈税理士、行政書士、宅地建物取引士〉
1992年日本経営(現:日本経営ウィル税理士法人)に入社
1997年に税理士資格合格し、資産承継・事業承継に多数関与
『「信託」で解決できるあなたの相続』(ウィル税理士法人・編著)など著書多数
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土地はあるものの、相続税を払う預貯金がない
相談内容
父が亡くなりました。父が経営していた駐車場があります。結構広いのですが、相続税はかかりそうでしょうか?預貯金が少ししかないので払えるか心配です。自宅は母がこのまま住みたいと言っています。今後の生活も不安です。
- プロフィール:65歳男性
- お住まい:宮城県
- 相続人:母、長男(相談者本人)の2名
- 被相続人:父
総額8,800万円
財産の内訳 | 内 容 | 評価額 |
---|---|---|
不動産 | 土地(駐車場)800㎡ | 6,540万円 |
不動産 | 土地(自宅)200㎡ 1,000万円 建物(戸建て)500万円 |
1,500万円 |
預貯金 | 190万円 | |
生命保険 | 契約者・被保険者:被相続人 受取人:長男 |
520万円 |
その他 | 軽自動車 | 50万円 |
※プライバシー保護のため、ご住所・年齢・財産状況などは一部架空のものです。
相関図
アドバイス1 非課税制度を利用し、相続税額を抑えることができる
母と長男が父の相続により財産を取得した場合、父の残した財産から債務を控除した金額が基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えるときは、相続税を納めることになります。
相続で取得した財産によっては、「生命保険金の非課税」(相続税法12条の五)、「小規模宅地の特例」(措置法69条の4)などさまざまな特例が設けられています。
生命保険金の非課税
本件では、父の死亡により長男が生命保険金520万円を取得しています。本来、生命保険金は、長男に生前の父と保険会社との契約によって支払われる金銭であるため相続財産ではなく、その金銭的価値に着目し相続税法では、みなし相続財産として相続税の課税の対象としているものです。
本件の生命保険金の非課税限度額は、1,000万円(500万円×法定相続人の数)です。長男が取得した生命保険金は520万円であり非課税限度額以下なので、課税の対象とはなりません。
小規模宅地の特例
小規模宅地の特例とは、相続人の生活基盤維持のために不可欠な土地については、処分について相当の制約を受けるため、相続税の課税について一定の軽減が図れている制度です。
駐車場については、貸付事業用宅地等に該当すると200㎡を限度とし、土地の評価額の50%をその土地の評価額から控除します。また自宅については、特定居住用宅地等に該当すれば330㎡を限度とし、土地の評価額の80%をその土地の評価額から控除します。
ただし、貸付事業用宅地等と特定居住用宅地等の両方の土地について特例を受ける場合、それぞれの土地の適用面積は、一定の計算式で調整されます。
相続税の具体的な計算
本件について、生命保険金520万円と軽自動車50万円は長男が相続し、残りの財産を母親が相続したと仮定して相続税を計算してみます(万円未満切捨てで表示しているのは、わかりやすく表示するためです)。
※ 小規模宅地等の特例は、自宅から適用した場合を想定しています。
※ 貸付事業用宅地等の減額計算は、万円未満を切捨てしています。
相続税の課税価額は、7,160万円-4,200万円(基礎控除額)=2,960万円となり、相続税の総額は344万円となります。
相続税の総額の内訳は、母、長男の取得した財産の割合で負担されるので、母が342万円(344万円×99.4% 万円未満切捨て)と長男2万円(344円×0.6% 万円未満切捨て)となります。
しかし、母は配偶者であるため、配偶者の税額軽減(相続税法19条の2)により、340万円を軽減され、結果納税はなくなり、長男も相続税の負担が重荷にならないと思えます。
ただし小規模宅地の特例と配偶者の税額軽減は、原則申告期限までに遺産分割協議が成立することが要件なので注意が必要です。
アドバイス2 法定相続分どおり相続し、配偶者居住権を検討した場合
遺産分割を検討するにあたり母の今後の生活を考慮したいと思うのは、長男の心情と思えます。
上記のような遺産分割協議であれば、父が残した財産の大部分を母に相続させるので、今後の生活も安心といえるのではないでしょうか。
しかしこれでは、長男が相続できる財産がほとんどなく不公平感が残ります。仮に長男が法定相続分どおり相続すると、どのようになるか検討してみます。
母には自宅を相続していただいて、そのまま自宅に住んでもらうことも考慮すると母の相続財産は、自宅1,500万円、貯金190万円、駐車場の土地2,450万円相当。長男の相続財産は、駐車場の土地4,090万円相当、軽自動車50万円となります(生命保険金520万円は相続財産とならないので、遺産分割の対象外で長男が取得)。
母は配偶者の税額軽減の適用を受け相続税の納税はなし、長男は納税が必要となりますが、生命保険金520万円で納税できると思えます。
ただし、これでは駐車場の収入の37%(2,450万円÷6,540万円)しか母の収入にならないため、母の将来の生活が心配です。そこで、配偶者居住権を検討してみます。
配偶者居住権
民法改正により令和2年4月1日以降に発生した相続からは、配偶者の生活基盤を確保するために、配偶者に終身又は一定の期間無償で自宅に居住することができる権利である配偶者居住権が創設されました。
配偶者居住権は自宅に住み続けられる権利ですが、配偶者居住権を設定された自宅(土地・建物)の所有権を長男が取得することで、母はより多くの駐車場の土地を相続できることになり、将来の収入が確保しやすくなります。
なお、配偶者居住権を設定するためには、遺産分割協議または遺贈(遺言)、死因贈与、家庭裁判所の審判が必要であり、一般的には、遺産分割協議と遺贈(遺言)で設定となります。
アドバイス3 父が亡くなる前に、生前対策をしておくとしたら
父の死後、母の生活資金及び生活場所の確保を第一優先で考えるのであれば、遺言書の作成が必要と思えます。遺言書で自宅、預貯金、軽自動車は母に相続させ、駐車場の土地については、長男の遺留分を考慮して母と共有で相続させるというのも一案です。
長男が一人っ子なので、母の死亡後には、結果としてすべての財産が長男の財産となります。したがって、これは可能な選択と言えます。
仮に、どうしても父が長男に法定相続分まで相続させたいのであれば、遺言で自宅に配偶者居住権を設定して、自宅を長男に相続させることも検討できます。
ただし配偶者居住権は、期間満了を待たず配偶者と合意により消滅させた場合には、母から長男へ贈与税などの課税の問題が生じますので留意が必要です。
また母が認知症になり施設に入る資金が必要なとき、自宅を譲渡することも困難になるので、配偶者居住権の安易な設定は慎むべきかと思います。
父の生前に母の老後の資金の不安があるのであれば、生命保険の受取人を長男から母に変更しておくこともひとつです。
父の生前に行っておく対策は、母の老後の生活、長男の生活も考えたうえで、父の相続をどのような形で迎えるかを検討しておく必要があります。
相続に必要な資金を考えるうえでは、決して相続税という税金だけを基準として判断してはいけません。幅広い検討が必要となりますのでご留意ください。
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この記事を書いた人
〈税理士、行政書士、宅地建物取引士〉
1992年日本経営(現:日本経営ウィル税理士法人)に入社
1997年に税理士資格合格し、資産承継・事業承継に多数関与
『「信託」で解決できるあなたの相続』(ウィル税理士法人・編著)など著書多数
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