生前に相続放棄できない?代わりとなる4つの方法をあわせて解説
一部の相続人に遺産相続を集中させたい場合に、自分の死後に相続人の間でトラブルとならないよう、「遺産を渡したくない相続人に生前に相続放棄をさせられないか」と思うかもしれません。しかし、実際生前に相続放棄させることはできませんが、いくつかの代替案が考えられます。
この記事では、相続放棄を生前にさせたい人がいる場合に知っておくべき知識について説明します。
相続放棄は生前にできない
相続放棄とは亡くなった人の財産についての相続の権利を放棄することです。被相続人の相続放棄は被相続人(亡くなった人)の最後の住所地の家庭裁判所に申述して行いますが、相続放棄は、相続が開始してからでなければ申述することはできません。
被相続人の生前に相続放棄をしようとしても、家庭裁判所がその申述を認めることはありません。
生前に相続放棄をする旨の念書(誓約書)を作成しても無効
それでは、家庭裁判所に申述するのではなく、相続放棄をする旨の念書(誓約書)を生前に作成した場合はどうでしょうか。
この点、このような念書は無効とされています。法的な効力はありませんが、心理的な効果が生じる場合はあるかもしれません。
被相続人の生前に相続放棄する旨の念書を書いた人が、相続開始後に「念書を書いたことだし、約束通り相続放棄しなければ」と思って相続放棄してくれる場合等です。
しかし、このような心理的効果を狙ったやり方は、相手の法律の無知に乗じているともいえますし、お勧めはできません。
この点、相続開始後に作成した念書なら有効となりえます。
ただし、相続放棄は、前述のとおり、家庭裁判所で申述しなければならないので、念書を作成するにとどまる場合は、正確にいうと相続放棄ではなく、相続分の放棄(または、相続分の譲渡)という扱いになります。
相続分の放棄とは、共同相続人が、遺産に対する自身の相続分を放棄することです。
生前に相続放棄させたい場合の代替策
前述のとおり、生前に相続放棄をさせることはできません。
それでは、遺産を渡したくない相続人に対して生前に出来ることはあるのでしょうか。
この点、次の4つの方法が有効な場合があります。
- 遺言と遺留分の放棄の組み合わせ
- 推定相続人の廃除
- 相続欠格
- 生前贈与
以下、それぞれについて説明します。
遺言と遺留分の放棄の組み合わせ
遺産を渡したくない相続人以外の人(または人々)に遺産のすべてを承継させる旨の遺言をしたうえで、遺産を渡したくない相続人に遺留分放棄の許可を家庭裁判所に申立てさせる方法が考えられます。
遺留分とは、法律で定められた一定の相続人に保障されている最低限の取り分の割合です。
なぜこの方法が良いか説明します。例えば、存命中のAさんの推定相続人(相続が開始した場合に相続人となる人)が長男と長女の2人であるとします。
Aさんは家業を継ぐことになっている長男に全財産を相続させたいと考えています。
そのような場合には、Aさんは、まず、長男に全財産を相続させる旨の遺言をします。しかし、それだけでは全財産を長男に相続させることができるとは限りません。
長女が長男に対して遺留分侵害額請求した場合は、長男は長女の遺留分(この場合は遺産の4分の1)に相当する相続財産を渡さなければならないためです。
遺留分は放棄することができるため、長女に遺留分を放棄させることによって、長男が遺産のすべてを相続することを生前に確定させることができます。
遺留分の放棄の手続き
遺留分の放棄は、遺留分を放棄する相続人が、被相続人の住所地の家庭裁判所に遺留分放棄の許可を申し立て、家庭裁判所がこれを認めることによって実現します。
家庭裁判所は次のような要素を考慮して、遺留分の放棄を許可するかどうかを審判します。
- 放棄が本人の自由意思によるものであるかどうか
- 放棄の理由に合理性と必要性があるかどうか
- 放棄の代償があるかどうか
したがって、無理やり遺留分を放棄させようとしても家庭裁判所から許可されない可能性が高いでしょう。
遺留分の放棄が許可されるためには、結局、遺留分と同等程度の金員等の贈与が必要になることが多いです。
なお、兄弟姉妹は遺留分を有しないので、推定相続人が配偶者と兄弟姉妹で、配偶者に遺産を集中させたいという場合は、そのような内容の遺言をするだけでよく、遺留分の放棄は必要ありません。
推定相続人の廃除
遺留分を有する推定相続人が被相続人に対して虐待をし、もしくはこれに重大な侮辱を加えたとき、または推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人はその推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができます。
家庭裁判所の審判によって推定相続人の廃除が決定すると、その推定相続人は、推定相続人ではなくなります。
したがって、その人は相続が開始しても、相続することも遺留分侵害額請求をすることもできません。
ですので、遺産を渡したくない推定相続人に廃除事由がある場合は、廃除によって、ほかの相続人に遺産を集中させることができます。
ただし、廃除を受けた人に直系卑属(子や孫など)がいる場合は、代襲相続によって、直系卑属が相続人となります。
被代襲者が遺留分を有する場合は代襲相続人がその遺留分を代襲します。
相続欠格
相続欠格事由がある人も、廃除を受けた場合と同様に相続人となることができず、遺留分侵害額請求することもできません。
相続欠格事由がある人とは、相続人にふさわしくないとして、次のいずれかに該当する人のことです。自動的に相続人から除かれます。
- 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者
- 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者
※ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは、この限りではありません - 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者
- 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者
- 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者
なお、相続欠格の場合も、廃除の場合と同様に、代襲相続が可能です。
生前贈与
遺産を与えたくない相続人以外の人に遺産の大部分を生前贈与すれば、結果として、遺産を与えたくない相続人はほとんど遺産を相続できない可能性があります。
遺留分算定の基礎となる財産
遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定すると定められています。しかし遺留分の算定の基礎となる財産の価額に加えられるのは、次のいずれかに該当する贈与のみです。
- 相続開始前1年以内になされた贈与
- 贈与者と受贈者が遺留分権利者に損害を与えることを知ってした贈与
- 贈与者と受贈者が遺留分権利者に損害を与えることを知ってした不相当な対価による有償行為
- 相続人への特別受益に当たる贈与
※2019年7月1日以降に開始した相続については相続開始前10年以内のものに限られます。
したがって、これらのいずれにも該当しない贈与であれば、遺留分算定の基礎となる財産の価額には加えられません。
以下、それぞれについて説明します。
相続開始前1年以内になされた贈与
相続は、通常は、被相続人の死亡によって開始されます。
したがって、相続開始前1年以内というのは、通常は、被相続人の死亡前1年以内を指します。
なお、受贈者が相続人であるかどうかは問われません。つまり、相続人でない人が贈与を受けた場合も該当します。
贈与者と受贈者が遺留分権利者に損害を与えることを知ってした贈与
1年以上前になされた贈与であっても、贈与者と受贈者が遺留分権利者に損害を与えることを知ってした贈与は、遺留分侵害額請求の対象とすることができます。
「遺留分権利者に損害を与えることを知って」とは、簡単に言うと、「遺留分を侵害することを知って」いることです。
遺留分権利者に損害を与えようという意思があったかどうかは問われません。
遺留分権利者に損害を与えることを知っていたかどうかは、具体的には、次のような点から総合的に判断されます。
- 贈与時における贈与者の全財産に占める贈与財産の割合
- 贈与時の贈与者の年齢や健康状態
- 贈与後に贈与者の財産が増える可能性
なお、遺留分権利者に損害を与えることを知っていたことの証明は、遺留分権利者が行わなければなりません。
贈与者と受贈者が遺留分権利者に損害を与えることを知ってした不相当な対価による有償行為
不相当な対価による有償行為とは、贈与ではなく、譲渡の対価は支払っているものの、その対価が、譲渡された物の価値と釣り合っていない場合のことをいいます。
例えば、被相続人が所有する実勢価格1億円の土地を1000万円で売ってもらったような場合です。
この場合は、差額の9000万円の贈与を受けたものとみなして、遺留分侵害額請求の対象とすることができる可能性があります。
相続人への特別受益に当たる贈与
相続人への特別受益に当たる贈与も遺留分侵害額請求の対象となる可能性が高いです。
特別受益とは、相続人の中に、被相続人から遺贈や多額の生前贈与を受けた人がいる場合、その受けた利益のことをいいます。
すべての贈与が特別受益になるわけではなく、次のいずれかに当たる場合にのみ特別受益になります。
- 婚姻のための贈与
- 養子縁組のための贈与
- 生計の資本のための贈与
なお、「特段の事情がない限り」という条件が付いており、特段の事情に当たるとして、遺留分侵害額請求の対象とすることが認められない可能性もあります。
「特段の事情」には、どのような事情が含まれるのかが明確ではなく、認められるかどうかの判断は難しいでしょう。なお、遺留分侵害額請求の対象となるのは、相続人への特別受益に当たる贈与なので、受贈者が相続放棄をして相続人でなくなった場合は、遺留分侵害額請求の対象でなくなる可能性があります(ただし、相続放棄をしても遺留分侵害額請求が認められるケースもあります)。
また、相続人への特別受益に当たる贈与は、現行法上は、何年前の贈与であっても遺留分算定の基礎となる財産の価額に加えられますが、相続法改正により、2019年7月1日以降に開始した相続については相続開始前10年以内のものに限り、遺留分算定の基礎となる財産の価額に加えられます。
まとめ
以上、相続放棄を生前にさせたい人がいる場合に知っておくべき知識について説明しました。
遺産を渡したい相続人に遺産を集中させる方法には、複数の方法があります。ただし、相続開始後に相続人間のトラブルにならないように一定の配慮をすべきでしょう。
個々の事情に応じた最適な方法が何かについては、専門家に相談することをおすすめします。いい相続では相続に強い専門家をご紹介していますので、ぜひ、お問い合わせください。
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