ここ数年、「終活」、そして「エンディングノート」という言葉を、多くの新聞や雑誌、ネットメディアやテレビ番組で見かけるようになりました。
また実際に、書店に出かければ「エンディングノート」と銘打った記入式の本が並んでいることも珍しくありません。エンディングノートという存在は、ずいぶん身近になりました。
その一方で、エンディングノートについて「興味はあるけど、どうやってはじめればいいのか」「いざはじめようと思うと、何からはじめればいいかわからない」「自分や家族が亡くなるということは、なんとなく考えたくない」などなど、取り組むまでのハードルを高く感じている方も多いでしょう。
この記事では、そんなあなたのためにエンディングノートへの取り組み方や、エンディングノートの書き方についての講座、セミナーについてご紹介します。
エンディングノートへの取り組み方
エンディングノートを手に取ることに抵抗がある……という方の多くは、自分や家族の死ということに直面するのを避けたいという無意識的な忌避感情があるのかもしれません。昔から、日本では「縁起でもない」といって人の死や葬儀についての話題を避けたり、そんなことを話題にすることが悪いことを呼ぶという「言霊信仰」があり、良くないことは話をしないという生活様式が定着しています。
しかし、亡くなったあとの葬儀や埋葬などについて、慣習に従って誰でも同じようにしていればよかった時代ならともかく、現代では百人いれば百通りの「終活」があります。それだけに、故人の遺志を実現するための道しるべとして、エンディングノートの重要性は大きくなっているのです。
「縁起が悪いから」となんとなく先延ばしにすることで、あとで取り返しのつかない後悔を抱えるよりは、思い切って腹を割って話し合い、エンディングノートとしてまとめておいた方が、お互いにとって後腐れはなくなるでしょう。エンディングノートを書く側でも、エンディングノートを残される側でも、思い切って話を始めてみましょう。案外「そっちから切り出してくれて、助かったよ」となるものです。
葬儀相談・依頼サイト「いい葬儀」が発表した「葬儀においての後悔に関する実態調査(2018年度版)」では、喪主を務めた372人のうち64.2%が「後悔していることがある」と回答しています。後悔の内容は「葬儀についての情報収集が十分ではなかったこと」、「優良な葬儀社がわからなかったこと」などが上位に上がっています。
エンディングノートがあれば避けることができた「後悔」もあります。後悔したエピソードとして、「故人の意向にそったものにするために、生前に確認しておけばよかった」「急遽葬式を行うことになり、私が喪主を務め直葬と決めたが、これで良かったのか分からない」、やっておけばよかったこととして「元気なうちに自分の葬式のことを自分自身で決めておく必要性を感じた」「故人の意向でお金をかけないようにとはいえ、葬儀は残された者に必要な儀式だと痛感した」などの意見が寄せられています。これらは事前に本人と家族がそれぞれの意向をすり合わせ、エンディングノートという形にしておくことで、後悔を少しでも減らすことができるでしょう。
エンディングノートを書くために
では、いざエンディングノートを書こうと思い立っても、さてどこから始めれば……という方がほとんどでしょう。そこで、まず利用してみたいのがエンディングノートを配布している自治体によるエンディングノート書き方講座です。
神奈川県横浜市では、すべての区ごとにエンディングノートを制作し、希望者に配布しています。これにともない、各区や横浜市の主催でさまざまなエンディングノート書き方講座が開催されています。
2019年12月8日には、横浜市磯子区が同区総合庁舎で「大切な人に想いを伝えよう~コンサート&エンディングノート書き方講座」を開催しました。第一部では横浜市を中心に活動するアコースティックギター&ボーカルデュオ「N.U.」がエンディングノートをテーマにした書き下ろし曲を披露し、第二部ではエンディングノートの書き方講座が行われます。若い世代向けのエンディングノート普及の取り組みとして、横浜市内では初の取り組みということです。
また、横浜市港北区では、9月末に同区のエンディングノート「わた史ノート」の書き方を学ぶ講座のあとに、ドキュメンタリー映画「エンディングノート」を鑑賞する催しを行いました。
ドキュメンタリー映画「エンディングノート」(監督・砂田麻美/プロデューサー・製作/是枝裕和)は、砂田麻美監督の父・砂田知昭さんが末期がんの告知を受け、家族とともにどう向き合ったかを克明に写した作品です。国内の興行収入は1億円を超えただけでなく、海外の映画祭でも高く評価を受けました。撮影・ナレーションは砂田監督本人が務めました。
この映画の主人公・砂田知昭さんは、長年化学メーカーに務め、高度経済成長期を支えた熱血営業マン。67歳まで仕事一筋の生活を続け、定年後の第二の人生を楽しみにしていました。しかし毎年受けていた健康診断で、ステージ4の末期胃ガンが発覚。大きなショックを受けましたが、サラリーマンとして「段取りの名人」といわれた砂田さんは、自分の最期を「最後のプロジェクト」として、家族とともにどう過ごすかに取り組みます。そのプロジェクトこそ、「エンディングノート」です。 エンディングノートという言葉自体、この作品から生まれたといってもいいかもしれません。
砂田さんと家族はどのような「エンディング」を迎えたのか。当事者の目線でつづられた貴重なドキュメンタリーです。港北区の講座だけではなく、各地の講座やセミナーで繰り返し上映されていますので、ぜひ一度ご覧になることをお勧めします。
エンディングノート書き方講座の内容
さて、ではエンディングノート書き方講座やセミナーでは、実際にどのようなプログラムが行われているのでしょうか。
ほとんどの場合、講座やセミナーに申し込むと、会場でエンディングノートが配布されます。講義を聞きながら、このノートに実際に書き込んでみる……という形で進行していくことが多いようです。
講座やセミナーを主催するのは、エンディングノートを制作・配布している地方自治体、相続に法的な立場から関わる行政書士や弁護士の事務所、葬祭業者や葬祭互助会、お寺やNPO法人など、さまざまです。
また、広く「終活講座・終活セミナー」として行われるものの一部としてエンディングノートが扱われる場合もあります。このような場合は、法的な相続手続きやお墓、お葬式の最新事情などを合わせて知ることができますので、一緒に受講するのがオススメです。
では実際に、あるエンディングノート書き方講座のカリキュラムを見てみましょう。
①終活とエンディングノート
○ライフデザインという考え方
ライフエンディング・ステージの考え方
○「終活」ブームから見えるもの
○エンディングノートの意味と位置づけ
遺言書との違い/記入時のポイント
② エンディングノートの具体的書き方
○エンディングノートを書いてもらうために
エンディングノートをいつ見せる? 時期と保管場所
ライフエンディングに興味を持ってもらうには(身の回りの片づけ・大切なものについて)
○延命治療とエンディングノート
救命措置と延命治療についての正しい知識
○把握しておくとスムーズに物事が進められる、利用者の身辺情報
身元保証と事務委任契約/成人後見人制度/
○失敗しないお葬式の挙げ方
葬儀会場、業者の選び方
○死後の諸手続き
○だれもが直面する問題──老後の財産について
老後のライフイベントと収入、支出
セカンドライフに必要な資金の算出方法/総資産の求め方
財産にならない遺品をどう扱うべきか
○遺言書の種類と法定相続の仕組み
いかがでしょうか。「こんなにあるのか……」とちょっとうんざりした方もいらっしゃるのではありませんか。
確かに大切なポイントはたくさんあるのですが、人それぞれに重要性は違うはず。きちんと自分と家族のニーズを把握するためにも、講座やセミナーを受講して考え方をまとめてみるのは、非常に有効な手だてです。
自治体が行うエンディングノート講座
先ほど紹介した横浜市以外でも、全国の自治体でエンディングノート講座が行われています。
●東京都武蔵野市
http://www.city.musashino.lg.jp/kurashi_guide/koreisha/1024205/1024215.html
東京都武蔵野市は、若者に人気の街・吉祥寺を擁し、市内や近隣に多くの大学がある活気のある街。高齢化率(全人口に占める65歳以上の人口の割合)も21.7%と、全国平均(26.6%)に比べれば低くなっています。
そんな武蔵野市でも、「自己決定ができるうちに自身に関する情報や要望・希望を書きとめ、これからの人生のありかたを考えるきっかけになる」としてエンディングノートの配布を行っています。市役所の高齢者支援課、武蔵野市福祉公社、在宅介護・地域包括支援センターで配布中。
武蔵野市では、このエンディングノートの普及と終活への興味関心を高めるために、「出前講座」を行っています。参加者が5名以上集まれば、市から講師が派遣してもらえるというもの。希望日の3週間前までにメール・ファックス・郵送で申し込みます。町内会や老人会などの団体でも、ご近所の知人友人や親戚同士でも、気軽に講座を開いて学ぶ機会を得られるのは素晴らしいことです。
●福岡県福岡市
https://www.city.fukuoka.lg.jp/minamiku/chiikifukushi/charm-event/moshimonotokinotamenomoshibanage-mukouza.html
福岡市は、東京以外の都市圏で唯一人口が増加している街ですが、高齢化や終活への対策も積極的に行っています。エンディングノートも、「もしもの時は…マイエンディングノート」を制作し、配布しています。
福岡市のエンディングノート書き方講座では、ユニークな取り組みを行っています。2019年10月に福岡市南区で行われた講座では、「もしバナゲーム」をプレイすることで、エンディングノートの大切さについて考えました。
「もしバナゲーム」は、終末期ケアに関わる医師や病院関係者が立ち上げた一般社団法人iACP(Institute of Advance Care Planning)が作ったカードゲームです。36枚のカードには、重病のときや死の間際に多くの人が「大事なこと」として口にする言葉が書かれています。例えば「痛みがない」「お金の問題を整理しておく」「家族と一緒に過ごす」「信頼できる主治医がいる」などです。
このゲームは、1人または2人、もしくは4人でプレイできます。まず5枚カードを手に取り、手札と場にあるカードを見比べて交換し、「より大切にしたいこと」が書かれているカードを手札に揃えるのが目的です。交換を何度か繰り返したら、ゲーム終了。全員手札を公開して、なぜ自分がその「大事なこと」を選んだか、交換の経緯なども含めて話し合います。
「大事なこと」のなかでも、何を優先順位の上に置くかは人によって本当に違うもの。意外に思うこと、納得できることなどそれぞれあるでしょうが、その思考の過程を共有していくことで、家族や大切な人がいざというときにどんなことを考えるか、それを想像することができやすくなるでしょう。
横浜市や武蔵野市、福岡市にとどまらず、全国の自治体で取り組みが進んでいますから、まずは地元の市役所や県庁に問い合わせてみてはいかがでしょうか。
また、福岡市の社会福祉協議会は「終活サポートセンター」を設け、「終活出前講座」や「出張相談窓口」を通じてエンディングノートや終活についてのセミナーや相談を受け付けています。葬儀や納骨から相続、死後事務委任などの情報提供なども行っています。
社会福祉協議会は、地域の福祉や介護での窓口となっているため、高齢者やご家族にとっては身近にある存在です。全国組織である社会福祉法人・全国社会福祉協議会でも、エンディングノートを制作し、ホームページからダウンロードできるようになっています。
https://www.shakyo.or.jp/news/kako/materials/080411.html
民間のエンディングノート講座
自治体や社会福祉協議会などの公的機関だけではなく、もちろん民間でもエンディングノート講座は開催されています。
東京の行政書士事務所「きよみ行政書士事務所」(http://www.kiyomijimusyo.jp/blog/top.html
)の所長・生島清身さんは、得意の落語を生かして「笑ンディングノート落語講演」の講師として活躍しています。全国の自治体や社会福祉協議会などの委嘱を受け、創作落語を交えたエンディングノートと終活についてのセミナーを行っています。その回数約300回、延べ受講者数は26500人というから驚きです。
どうしても重苦しくなるか、無味乾燥な事務手続きになりがちな終活や相続、エンディングノートという話題を、ユーモアとペーソスあふれる創作落語で楽しく笑いながら、スッと納得できると評判です。
他にも、一般社団法人エンディングノートプランナー養成協会、特定非営利活動法人エンディングノート普及協会など、多くの民間団体がエンディングノートの講師を認定しています。これらの団体には講師の派遣を行ったり、エンディングノート講座を開いているところもあるので、調べてみるとよいでしょう。